ホジャ・ナスレッディン

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第10話 駆け足、早足、トルコ最終日

9月25日(金)
 明け方トイレに立ってしばらくするとアザーンが聞こえてくる。アザーンというのは、礼拝の時間を知らせるためにモスクから聞こえてくるお祈りの呼びかけ。独特の節回しで唱えるアラビア語の言葉が2,3分続く。昔は当然肉声のみで、高い塔から大きな声をはりあげていたそうで、今でも拡声器こそ使うが、決して録音されたものを放送しているわけではない。なので、このアザーンを唱える人は、声の大きさや美しさを基準に選ばれるのだそうな。
 モスクが近いのか、結構よく聞こえてくる。小節をいれながらアラビア音階をのぼったりおりたりする心地よい声、モスクによって、人によって、個性も色々。時間帯によっても違うのだそう。イスラムではこういうところで音楽を楽しんでいるようだ。ちょっと癖のあるそのアザーンを少しじっくり味わってみる。
 しかし石川君が起きないなと思って様子を見に行くと、なんとお腹が痛いと言いだす。全身の関節も痛いという。起き上がれないくらい痛いのだと言う。今日はアリさんが何時に迎えに来てくれるのかもわからないし、なにより、今夜のフライトでウズベキスタンに向かわなければいけないのだ!いったいどうすりゃいいのかと思いつつ、とりあえず寝かせておく。9時近くなってようやくお母さんが台所に来たので、トルコ語の本を見ながら「お腹をこわした」と伝える。するとお母さんはレモンをとりだして「いま薬を作ってあげる」という身ぶりをする。見ていると、レモン汁をたっぷり絞って水で少し薄め、何やら茶色の粉をたっぷり入れてかきまぜている。そして私に「これをグイッと飲ませなさい」という身ぶりで渡してくれる。においをかぐと、なんとコーヒーの香り!あの粉はインスタントコーヒー! ???と思いつつも石川君にグイッといかせる。そのあと、とりあえずわたしと藍子だけで朝食。

エキメキ(大ざっぱな切り方がかっこよかった)、ゆで卵、トマトときゅうりのサラダ、アンネの手作りジャム(チェリーとアプリコット)、チーズ、バター、オリーブ、チャイ。シンプルでおいしいトルコの定番朝ごはん、という感じ。チャイのポットがかわいい。夫婦二人用の小さなキッチンのテーブルだからか、気を使って私たちだけで使わせてくれる。朝日がたっぷり入って、ラジオを聞きながらの気持ちいいリラックスした朝食。居心地のいいキッチンでした。ご夫婦は年配の信心深くつつましい方で、使い込んだ感じの、手入れの行き届いた家でした。
 さてレモンコーヒーの効果はというと、これはどうやら下剤だったらしく、しかも効果絶大だったようだ。しかし体はまだ衰弱している。アリさんは結局お昼くらいにようやくあらわれて、状況を説明すると、とにかく夜のフライトに間に合うようにイスタンブールに向かおう、ということになった。お世話になったアンネとまた抱き合ってお別れの挨拶をする。そういえばここのお宅はマンションの4階か5階の家で、エレベーターを使ったのだったが、ここのエレベーターは内側の扉がなかった!トルコではエレベーターの扉は手動式が多いようだが、ここは閉めたのは外の扉で、箱が動き出すと、目の前の壁が動いていく!ビックリした。

 外に出ると、アリさんの友人が車でイスタンブールまで送ってくれるということで待っていてくれた。しかし、まずは金曜日なので
お昼の礼拝(金曜礼拝)に行かなくては、ということになるが、さすがに石川君は無理なので私たち3人公園でアリさんを待つことになった。結構広くて気持ちのいい公園、子供用の遊具もある。隣はレストランがあって、孫をつれてブランコさせていたおじいさんがいたのだが、レストランの主人と知り合いらしく、主人がチャイでもどう?と言って公園にチャイをもってきてくれて、おじいさんは孫の相手をしつつ、チャイを飲んでいた。本当にトルコ人はいつもチャイを飲んでいる。

 アリさんがようやく戻ってきて車はイスタンブールに向かう。ふと気付くと、道の両側はたくさん木が生えていて、森があったりして、日本とよく似た風景が続いている。アダナからイスタンブールまで、ざっと車で縦断したことになるが、南の方ではずっと茶色のはげ山みたいな景色が地平線までつながるような景色だったが、ここにきてやっと森が現れた。しかし川はほとんど見ない。トルコには川はあまりないという。水は基本的に地下水で、硬水と軟水の違いはそこかなと気づく。硬水は土の中のミネラル質の味、軟水は流れる川や雨の味。

途中立ち寄った車屋さんの看板。かっこよかったので。

 イスタンブールに着く前に、イズミールという街でおりて、またまた友人の家で夕食をいただくことになる。イズミールはトルコで一番お金持ちの多い街なんだそうな。車でそのお宅に向かうと、ちょっとはずれの住宅地のあたりにあるのだが、そのあたりは一軒のための区画がやたらと大きい! その中の3階建の一軒家のお宅。わりと新しい感じの豪華な家だ。なんか豪華すぎて写真を撮るのに気おくれしてしまったのがあとから悔やまれる。
 食事はオレンジ色のトマトスープ(酸味がしっかりあって、小麦のような香りととろみがあった)、大きな魚の塩焼き(トルコに来て初めての魚。ナイフとフォークでいただく。塩焼きってとこがよかった)、ごはん、エキメキ、トマトときゅうりのサラダと、温野菜(人参、ブロッコリー、じゃがいも)野菜がやはり美味しい。ほぐした魚とごはんをまぜて、レモンをキュッとしぼって、野菜も一緒くたにして食べる。とってもシンプルな食事で、お腹をこわした石川君にも、胃が疲れたわたしにもぴったりでおいしくいただきました。
 食後はテラスでフルーツ。このテラスがまた豪華でいい感じ。すごくいい熟しかげんの洋梨とぶどう。甘みも香りも食感もすべてがいい感じの果物は、なんと庭でとれたものなんだそうな。礼拝をするとさらにチャイとバクラヴァ。トルコの人は食事は割と早く食べる感じなのだが、食後をフルーツとお茶とお菓子でおしゃべりしながらゆったりと過ごすようだ。

 あわただしくお宅を出るとイスタンブールの空港へと急ぐ。イスタンブールの市街を通り過ぎながら、もっとたっぷり楽しめる街だったのにあまりにも駆け足でちょっともったいなかったな、と思う。無事空港に着き、いよいよアリさんともお別れ。最後の最後まで、本当にお世話になりました。でもまた日本でね、とお別れして0:25の飛行機でトルコをあとにした。